歴史と伝統と真珠

 中学校時代はサッカーをやっていた。といえば、へ〜といわれるかもしれないが、サッカー部に「いた」という程度だから、あまり積極的に打ち明ける話しでもない。
 サッカーは好きだったが性格が団体競技向きではなく、なおかつ体育会系のノリにも臆してしまう方だったので、仲間からはスルーされていた。
 部員が多かったという事情もあるが、闘争心に欠けていたせいなのか、レジュラー選手はおろかベンチ入りしたことさえなかった。だから、当然輝かしいネタや武勇伝はないのである。
 部活は、「帰宅部」という汚名から逃れるための隠れ蓑だった。もっとも、部活というメルティングポットから得るものも少なくなかったがーー。
 サッカーとの出会いはそのころである。しかし中学校を卒業してからは、Jリーグがスタートするまでサッカーとは縁遠い生活をおくってきた。
 ところが今や、日本人選手も毎回ワールドカップに出場できるような実力をつけてきたこともあって、サッカーもずいぶんこの国に浸透したものである。
 で、ブラジル大会である。4年に一度、各国代表の真剣勝負が一ヶ月にわたって見られるこの祭典は、サッカーファンにはたまらない。
 しかし、確かに日本も選手層が厚くなってチームも強くなってきたかもしれないが、ヨーロッパや南米のチームを見ると何かがちがうのである。
 「歴史」や「伝統」というものは目に見えないが、それはたぶん選手一人ひとりの「個」のなかに、真珠貝の「真珠」のようなものが存在しているのだろう。
 そこではっと思い浮かぶのが、相撲界である。外国人力士が全盛ではないか。柔道界も最近怪しいし……。
 とすると、「真珠説」はあえなく崩壊するのか……。これは、団体スポーツと個人スポーツのちがいなのか……。
 しかし、中国の卓球とか日本の体操とか……やっぱり「お家芸」と呼ばれるものもある。持っている「真珠」を磨くか磨かないか、なのかもしれない。
 結局はお金の問題じゃない? と結論づけるのもちょっとさびしいしね。(^^ゞ
(photo:籾糠山、木島湿原にて)