ブランクと自爆ストレス

 ちょっと油断すると、あっという間に時間が過ぎてしまう。
 ブログの記事を書くための1時間やそこらの時間はもちろんあるが、ぼくの場合は「日記」や「メモ」とはちがうと思っているので、画面に向かってちょこちょこっというわけにはいかない。何か構成とか構想がまずあって、その土台の上に作っていくのである。
 こんなヨタ文におおげさな、と思うかもしれないが、ヨタはヨタなりに多少なりとも思い入れがあって書いているわけである。
 しかし最近は書きはじめても、こんなこと書いてもしょうがないなと、途中で筆が止まることもたびたびあった。
 と、まずはブランクのいい訳をしたーー。
 もっとも、仕事が忙しかったのは事実だ。仕事以外にもあれやこれやの問題に、メモリー容量の少ない我が空気頭は余裕なし状態がつづいたのである。
 たとえば、予期せぬ事態。それは自分が蒔いた種だから救いようがないのだが、いわゆる人間関係というやつだ。
 そう、人間社会が存在する限りなくならない古典的な問題である。いいトシこいてそんなことも回避できなかったのかと後悔はしたが、それはあとの祭り。
 魔が差したというか、慢心していたというか、調子に乗っているときこそ落とし穴が待っている、ということさえ忘れてまんまと落ちてしまった、まったくのアホなのである。
 自分ではそういうつもりはなくても、相手が受け取ったことは、いくらこちらが否定し抗弁しようともけっして変えられない。
 そのことをあらためて思い知らされた。誤解を招くような言動をした自分が悪いのだ。そこに傲慢さが宿っていたことも否定できない。ここは素直に反省したい。
 まあ、詳細のカミングアウトはかんべんしてほしいが、少なくとも、どこかの高級官僚や知事のようなスキャンダルではないのである。
 ストレスは解消しないが、少しづつブログにもどろうと思う。(>_<)

久しぶりの雪国

 忘れたころにやってくるのが「幸運」ならいいが、「厄災」は願い下げである。
 そう、雪である。ここ数年分をいっぺんにプレゼントされたような、圧倒的な量だ。
 迷惑なプレゼントだ。いくら「雪国」といわれているところでも、暖冬に慣れた身は、もう昔に後もどりできなくなっているのだ。
 先週、ブログを書いた日は勤務する専門学校が休校だった。休校といっても、全クラス「休講」という意味だから、職員は休みではない。
 とはいえ、JRも止まっているし、車で向かったとしてもたどり着ける保障もなく、出勤したはいいが今度は帰宅難民になる可能性もある。
 そこは学校側も心得ていて、来なくていい、という指示だったので学生同様休んだ。しかし、徒歩で出勤できる範囲の職員は出たらしい。ラッキー! と思っていたら、それが3日間続いた。
 さすがに、ちょっと申しわけないな、と思いつつもJRが動かないんだから仕方がない、とばかりに開き直って雪かきをしていた。
 4日目が金曜日だった。この日も休校になると、冬休みパート2になりかねないと学校側が思ったのか(かどうかわからないが)、何がなんでも登校しなさい、というお達しがきた。
 雪かきで痛めた腰をさすりながら明日の通勤方法を考えていたら、幸いJRが少し動くという情報があった。
 留学生たちは臨時休校にも飽きたのか(バイトも休み)、金曜日の授業は珍しく集中していた。スマホを取りあげたり、居眠りをたたき起こしたりすることもなく平和だった。
 そのことに感動し学生を褒めそうになったが、いや、それが本来の学生の姿でありいつもは異常なのだと思い直し、平静を装った。
 しかし、南の国からやって来た留学生が、長靴を履いて学校に通う姿はちょっと可笑しい。(^^)
(photo:雪に埋もれた家)

通勤電車とおかき

 朝夕電車で通勤している。おおむね車内は静かである。通勤通学客がほとんどだから、おおむね浮かれる状況にない人たちである。
 彼らの必携アイテムは、老若男女を問わずスマホである。ほとんどとはいわないが、半分以上の乗客は画面を操作している。
 イヤホンをしている方々も少なくない。何を聞いているのかわからないが、外部の音を遮断して大丈夫だろうかと、ときどき思う。
 見渡してみるとおかしな光景である。皆一様に小さな画面を見つめ、指で何か操作をしている。
 ヒマつぶしにもってこいかもしれないが、あの機械のなかにはいろいろな人が夢中になる仕掛けがあるのだろう。
 ぼくは、いわゆるガラケーだ。2つ折のあのタイプをパカリと開ける人は、今や少数派である。場合によっては奇異な目で見られる。まあ、ほっといてほしい。
 したがってぼくは、本を読む派である。こちらもガラケー同様、少数派に転落している。しかし、絶滅寸前の新聞派より多いような気もする。
 夕方の電車では、一日が終わった安堵感からか会話する声が多少聞こえるが、それも少数派である。やはりスマホ派が圧倒的だ。
 先日、夕方の電車で対面の座席に座っていたら(始発だ)、あとで乗り込んできてぼくの前に座った中年男がおもしろかった。
 中年といっても髪がほとんど白くて老人に近い感じだったが、スーツを着込んだ身なりは紳士然としていたから、会社の役員クラスのイメージだった。
 その彼が座るやいなや、鞄からお菓子の小袋を取り出して引きちぎりおかきを口に運び、あたりかまわずボリボリやり出した。
 当然のように、その咀嚼音とおかきの匂いが周囲に漂うわけだが、彼は委細かまわず小袋が空っぽになるまで、おかきを食べるという反復運動をつづけた。
 その何日か後にも彼と遭遇した。やはりおかきを食べていた。どうもちょっとおかきいのではないか、と思った。
 ダジャレはさておき、彼はどうもそのおかきが好きなのだろう。家に帰ってゆっくり食べればいいと思うが、そうはできない事情があるのだろう。妻にしかられる、とか。あるいは、家まで我慢できなくて、帰りの電車で密かに食べるのがささやかな楽しみ、とか。ストレス解消とか……。
 まあそれはいいけれど、彼の行為と身なりとのギャップ、そして、衆人のなかでの異端行為を物ともしない堂々とした態度に感心した。
 ぼくは新聞も持っているけれど、車内では広げにくい。ガサガサと多少音は出るが、匂いはしない。おかきほど奇異ではないと思うが、そこが小心者のつらいところだ。(-。-;)

恵方巻きの疑問

 立春を過ぎたのに、この雪と寒さだ。しかし、立春とはいえ「暦の上」の話しだから、寒さはまだまだつづく。
 先週は、スーパーやコンビニに行くと「恵方巻き」が並んでいた。節分に恵方巻きを食べるのが風習になりつつあるが、元々石川県地方にはなかった文化だ。
 大阪あたりが発祥とされているが、ほんとうのところはどうなのかよくわからない。商売人たちの策略で、全国的な風習に仕立て上げられた感がある。
 それはまんまと成功したようだ。しかし、ぼくが不思議に思うのは、そういう自文化になかった風習を軽々受け入れる人たちのことである。
 あまり深く考えていないのだろうが、守るべき自文化のことも、おそらく深く考えていないのだろう。
 振り返ってみれば、明治以降欧米文化を取り入れて以来、とくに戦後はライフスタイルの欧米化とともに日本人は自国の文化を軽視し、場合によっては捨て去ってきた。
 どうも日本人は、アイデンティティの根幹がグラグラしているように感じてならない。
 ずいぶん前からクリスマスには閉口しているが、最近ではハロウィンまで台頭し出し、無自覚に他文化を取り入れる。
 しかし、欧米偏重、欧米コンプレックスのきらいがあるので、宗教関連ならたまには仏教やイスラムの風習も取り入れてもいいではないか。
 まあ、イスラムはともかく、仏教界はちょっとだらしがないのではないかと思う。
 たとえば、釈迦の生誕を祝うイベントなどいかがですか。打倒!クリスマスだ。おもしろいと思うけどね。
 日本のあちこちを旅行しても街の風景が同じに見える。その土地の文化を感じる所をさがすのに苦労する。どこへ行っても同じなのである。どこへ行っても恵方巻き。
 あまり深く考えないと、いつかツケが回ってくる。現政権も、そのツケのひとつだ。(/_;)

貧困留学生と障子張り

 我が校の留学生のほとんどはアルバイトに明け暮れている。授業を休んだ日でも、アルバイトには休まず行く連中もいる。何だか本末転倒である。
 アジアの国々からやってくる若者たちは、ほとんどが経済的に苦しい。日本との経済水準がちがうのだからあたりまえだが、日本の留学生受け入れ体制が甘いのも一因である。
 それにつけ込んだ「貧困ビジネス」も横行している。つまり「留学」を隠れ蓑に、実際はお金を稼ぎに来ている連中も少なくないのだ。
 そういう了解のもとに、留学生は紹介業者を通して来日する。当然、業者への「手数料」や学校の授業料が発生するので、留学生にとっては先行投資、または借金からのスタートとなる。
 そのあたりは技能実習生とよく似ているが、実習生ほど窮屈ではなく、また、本来「学生」なので学習環境は担保されている(だから勉強すればいいのだが……)。
 留学生の労働基準は週28時間が限度である。それを守るかぎりでは、生活するだけで精一杯である。とくに、日本語が稚拙な学生は賃金が安く押さえられる。
 うちの学校を見渡せば、カネモーケをたくらむ不届きな学生はいないようだが、さりとて何しに日本へ来たのか首をかしげたくなるような若者もいる。
 今や外国人労働者は100万人を超え、その半数以上を実習生と留学生が占める。どんな仕事をしているかというと、日本人が敬遠する、いわゆる「3K」の仕事がほとんどだ。
 そういう人たちを色眼鏡で見る日本人もいるが、彼らは日本の底辺を支えているといっても過言ではないのである。
 「移民」がどうのこうのという議論があるが、すでに200万人以上の外国人が在住し、100万を超える人たちが働いている現状を見れば、彼らをちゃんと「労働者」として処遇する政策をとらないと、途上国からの若者は現に韓国や台湾に流れていっているし、やがて中国へ向かうようになる。
 それでうちの学生に話しを戻すと、ほとんど全員インドネシアなど暑い国から来ているので、最近は冬の寒さにまいっている。
 とくに、寮として使っているアパートは築ん10年の文化財級のシロモノで、あちこち痛みが激しい。日本人も敬遠する物件をよくもまあ、と学校側に悪態のひとつもつきたくなるような建物だ。
 外から見ると破れ障子が目立ち、どう見ても廃屋にしか見えず、それだけでも何とかできないものかと思っていた。
 案の定、寒くなってきたら窓からの隙間風を学生は訴え出したので、冬休みに入ったのを機に、全室ぼくが障子張りをすることにした。
 年に一度自宅の障子張りをしたりはするが、あれはけっこうやっかいで気を使う。学校の他の職員はもちろん誰もやらないので自発的に手を挙げたのだが、事前に寮を点検したところ思ったより枚数が多くて少し後悔した。
 結局、2日がかりで20枚近く張り替えるハメになり、全室明るくなった。しかしボロい寮の寒い廊下で作業したぼくは、正月を前に体力消耗し気持ちが暗くなった。
 留学生は、たかが障子と思っていたようなフシがあったが、多少の効果はあったらしく、冬休み明けにようやく感謝された。
 まあ、許してやろう。(^_^;)

戌年の「計」

 松の内も過ぎてなんですが、あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。
 そう、早くも8日である。このぶんではまもなく、「よいお年を」などといわなければならないような季節がやってくるようで怖い。
 さて、5日から仕事が始まったが、金曜日だったので正月休みモードから仕事モードにスイッチが切り替わる日としては最適だった。
 仕事場の冷え切った校舎は寒くて、机に座っていると足もとからぞわぞわと冷気が上がってくるので、貧乏揺すりをしたり地団駄踏んでみたりしたが暖かくならなかった。
 しかし、新年から地団駄踏むのも縁起が悪いので、自販機から缶コーヒーを買ってきて手を温めながら飲んだが、そのうち冷たい手に熱が奪われてしまって冷たいコーヒーになってしまった。
 そのようにして新年仕事始めを迎えたわけだが、年末年始休みがワープしたような感じだったせいか、年末の仕事納めが昨日のような気がした。
 原因は、仕事納めの日まで特殊な仕事(後日書きます)に追われたせいかもしれない。
 気がつけば餅つきをしていた。そしてそれが終わって、ふぅ〜とため息をついていたら仕事始めを迎えていたのである。
 じつは、ちょうど餅つきの日(30日)あたりから歯茎の一部が腫れて、食べる楽しみが半減してしまったのである。
 たぶんそのころは免疫力が低下していて、風邪の穴に落っこちるかどうかの塀の上を、危なっかしく歩いていたようなのだ。
 幸い穴には落ちなかったが、その代わり風邪のウイルスは置き土産を残していった。スタートラインのかなり手前から、新年がスタートしたような感じだ。
 そんな不穏な幕開けとなった2018年、まあどういう年になるか想像もつかない。
 「一年の計」なるものを以前はよく立てたが、なにも新年から計画をスタートしなくとも、物事は思い立ったらやり始めているわけだから、最近はとくに、満を持して新年からというものはない。
 もっとも近年は、新しく何かを始めるというよりも、トシとともに「何かをやめる」とか「何かを捨てる」というようなことが増えてきたように思う。
 でもそれだけでは寂しいので、ささやかな「一年の計」を立てたりもするのである。
 今年もよろしくお願いいたします。(^_^;

あれよあれよの年の瀬

 師走とは恐ろしい。気がつけば、2017年も土俵際だ。
 何をしてきたのだろうか。忙しかった、といえば、己の能力のなさを宣伝するようなものだが、とにかく忙しいかったものはしかたがないのだ。
 何がそんなに忙しいの? と日本語講師仲間のおばさんからいわれたこともある。口調がどこかからかい気味だったので、ぼくもムキになって「あなたとは違うんです」といおうとしたが、あとで面倒臭いことになるのでやめた。
 たぶん、日勤のサラリーマンになったことで公私が押した押したになってしまって、案件が陽炎のように追っても追っても逃げていくような感じである。
 女性を追うのであれば、悩ましくともそれはそれで艶やかな話しではあるが、まったくそういうものではないので疲労する一方である。
 つまり端的にいえば、物事の処理能力が劣ってきたということだ。
 平日でも6時に帰ってくるから、寝るまでには何かまとまったことのひとつぐらいできそうなものだが、風呂、飯、お茶、新聞、ちょっと読書……をやっているうちに寝る時間となる。
 このサイクルが生活のリズムを生み出すのだろうけれど、もう少しなんとかならんか、と思わないでもない。しかし、こういうルーティンワークが案外大事だということも、トシとともにわかってくる。
 落とし穴は、ルーティンで固まってしまったり、そこから抜け出すのがおっくうになったりして、柔軟性をなくしてしまう危険性がある、といことだ。
 そこは注意しているつもりなので、思考が固まってしまいがちになると、意識的にルーティンを壊したりしている。しかし若くないので、ついでに身体を壊す危険性もあるので、慎重にやらないといけない。
 先月風邪をひいて寝込んで回復してから、しばらくはすこぶる調子がよくビールもうまかった。ところが、師走も終わりになって雲行きが怪しくなってきた。
 塀の上をふらふらしながら歩いていたような気分だったが、どうやら寝正月にならずに新年を迎えられそうである。
 このヨタ文を読んでくださっている方には感謝です。この一年ほんとうにありがとうございました。
 更新ペースはめっきり落ちましたが、来年も続けていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
 どうかよいお年をーー。(^-^)