通勤電車とおかき

 朝夕電車で通勤している。おおむね車内は静かである。通勤通学客がほとんどだから、おおむね浮かれる状況にない人たちである。
 彼らの必携アイテムは、老若男女を問わずスマホである。ほとんどとはいわないが、半分以上の乗客は画面を操作している。
 イヤホンをしている方々も少なくない。何を聞いているのかわからないが、外部の音を遮断して大丈夫だろうかと、ときどき思う。
 見渡してみるとおかしな光景である。皆一様に小さな画面を見つめ、指で何か操作をしている。
 ヒマつぶしにもってこいかもしれないが、あの機械のなかにはいろいろな人が夢中になる仕掛けがあるのだろう。
 ぼくは、いわゆるガラケーだ。2つ折のあのタイプをパカリと開ける人は、今や少数派である。場合によっては奇異な目で見られる。まあ、ほっといてほしい。
 したがってぼくは、本を読む派である。こちらもガラケー同様、少数派に転落している。しかし、絶滅寸前の新聞派より多いような気もする。
 夕方の電車では、一日が終わった安堵感からか会話する声が多少聞こえるが、それも少数派である。やはりスマホ派が圧倒的だ。
 先日、夕方の電車で対面の座席に座っていたら(始発だ)、あとで乗り込んできてぼくの前に座った中年男がおもしろかった。
 中年といっても髪がほとんど白くて老人に近い感じだったが、スーツを着込んだ身なりは紳士然としていたから、会社の役員クラスのイメージだった。
 その彼が座るやいなや、鞄からお菓子の小袋を取り出して引きちぎりおかきを口に運び、あたりかまわずボリボリやり出した。
 当然のように、その咀嚼音とおかきの匂いが周囲に漂うわけだが、彼は委細かまわず小袋が空っぽになるまで、おかきを食べるという反復運動をつづけた。
 その何日か後にも彼と遭遇した。やはりおかきを食べていた。どうもちょっとおかきいのではないか、と思った。
 ダジャレはさておき、彼はどうもそのおかきが好きなのだろう。家に帰ってゆっくり食べればいいと思うが、そうはできない事情があるのだろう。妻にしかられる、とか。あるいは、家まで我慢できなくて、帰りの電車で密かに食べるのがささやかな楽しみ、とか。ストレス解消とか……。
 まあそれはいいけれど、彼の行為と身なりとのギャップ、そして、衆人のなかでの異端行為を物ともしない堂々とした態度に感心した。
 ぼくは新聞も持っているけれど、車内では広げにくい。ガサガサと多少音は出るが、匂いはしない。おかきほど奇異ではないと思うが、そこが小心者のつらいところだ。(-。-;)