犬におびえるパロの夜

 江戸幕府の将軍、徳川綱吉のような為政者がいるのだろうかと思うくらい、どこへ行っても犬だらけである。半端なく多い。
 人口ならぬ「犬口」はいったどれくらいなのかと、これはこれで少し興味をそそる。――まあ、それは置いとこう。
 連中は、昼間はたいがい寝そべっているが、日の暮れと同時に俄然行動的になる。野生の本能(夜行性)に目覚めるのだろうか。
 ブータンの古都、パロで泊まったホテルは町外れにあった。裏手は田んぼである。夜ともなると、集会が開かれているのかと思うほど、近くに野犬が集まって吠えたてていた。
 ある晩などは、犬たちがほぼ夜通し侃々諤々やっていたので、翌日は寝不足に悩まされた。
 夜出歩かなければ実害はないが、パロでの最後の晩、ホテルのレストランでの夕食をキャンセルして街の店をガイドに予約してもらったときは、犬問題は切実となって身に迫った。
 あのときはそれを恐れていたので、日が暮れてしまう前にと思って、そそくさと夕食を済ませホテルへと急いだ。
 しかしときすでに遅く、一歩町並みを外れると、街灯もない真っ暗闇の道がホテルへとつづいていた。その道を、野犬におびえながら恐るおそる帰ったのである。
 ホテルに着いたときはほっとしたが、あろうことか敷地に入る門に鍵がかかっていた。あせった。すでに近くでは犬の吠える声も聞こえはじめ、通りを行き交う人もなく、脂汗たらりの状況となった。
 門扉にかけあがればなかに入れそうだったが、そうするとべつの問題も起きそうなので、ここは日本人ということを一時忘れ、中国人のように大声を出した。
 そうすると、ちょうどホテルの玄関に出てきた人が注意を向けてくれた。しかし今度は、不審者に思われないために、ここの客であるということを必死で訴えた。なにせこちらは暗闇だから、誤解をあたえてはいけない。
 結局逃げ込むことはできたが、あのまま通りでぐずぐずしているとそのうち野犬に襲われ、狂犬病にやられたかもしれない。
 かように、ブータンの社会問題のひとつは、このお犬様の問題である。と、猫派の僕は断言する。
 どうやら猫はマイノリティのようである。今回の旅行中、猫を見かけたのは数えるほどである。こうなると、「猫口」も気になるところである。(O_O)
(photo:古都パロにて)