曲がり角とジブリ

 内閣支持率が10%近く落ちた。それでも、調査機関にもよるが、おおむね50%近くである。
 秘密保護法案であれだけ反対があったのだから、心情的にはもっと下がってもいいだろうとは思うが、これは景気対策への期待感がまだ下支えしている、と考えるべきだろう。
 もちろん、戦争できる国へ大賛成の人たちも一部いるわけで、それはそれで民主主義だから認めないわけにはいかない。
 しかしながら、悪夢のような、もちろんアベシンゾー支持の人たちにとっては夢のような、2013年は大詰めを迎えつつある。
 ま、今日はこんな話しはやめておこう。悪夢はとりあえず置いておく。
 さて、今年はジブリファンにとって、忘れられない年になったのではないか。
 ジブリの看板2大巨匠の新作アニメが公開されるという巡り合わせ。めったにない僥倖である。
 もっとも、公開にこぎつけてみれば、ずいぶんときな臭い世の中になっていたという背景もあり、その作品の内容、巨匠の去就とともにほろ苦さが際立ったような感はある。
 一部の声では、これで終わりなのかという『風立ちぬ』(宮崎駿監督/2013年)。たしかにそういった意見も理解できる。肩すかし、というか、期待を裏切られた、という意味だろう。
 何を期待していたかということだが、彼がどこかでファンタジーの限界について述べていたが、ファンタジー作品ならどういう評価が下されていたのだろうか。
 前作『崖の上のポニョ』(宮崎駿監督/2008年)は、ずいぶん毒気をはらんだファンタジーだったようにも感じた。監督のなかには、すでに何か思うところがあったような気もする。
 一方、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』(2013年)は、ずいぶん実験的な作風、画面構成を試みており、齢を感じさせない斬新な作品である。
 こういう解釈もあるのか、というような物語展開であり、見事である。まあ、作品から何かメッセージを読み取るのは、それぞれの感性だろうがーー。
 そういえば、『竹取物語』は、星野之宣がおもしろい解釈をしている。『宗像教授異考録 第6集』(小学館/2007年)に収録されている。マンガである。
 今日本は、歴史的な曲がり角にさしかかっているのかもしれないが、奇しくもスタジオジブリやアニメ界にとってもそういう時期なのかもしれない。(*_*)
(photo:那覇にて)