トシとともに憂いあり

 バイキングランチにカレーライスがあったので、うれしそうによそってきた。小ぶりのカレー皿が用意されていたので、思わず手が出たのである。
 席にもどってさっそくパクついた。ところが、一度皿を左手で持ちあげたときに、手がすべって皿を落としてしまった。
 テーブルにワンバウンドして、落ちたところが股間だった。とっさに足をとじてさらに床に落下するのを防いだが、当然ながらカレーのルーやごはんは股間に散乱し、ジーンズを著しく汚した。
 範囲は股下まで達し、その処理に汗をかいた。さいわいその日は黒のジーンズをはいていて、汚れはさほど目立たなかったので、そのあと帰宅するまで平静をよそおうことはできた。
 しかし、もしズボンが淡い色のものだったらと思うと、物がカレーだけに冷や汗たらりだった。
 手がすべるーー。トシとともに、手に脂気がなくなってきたのだろう。最近はいろいろな場面で悩まされている。
 この前も、包丁をあやうく落っことしそうになった。うちの包丁は、持ち手と刃がステンレス一体成形なので、気をつけないとそういうことになるのである。足にブスと刺さるような事態などシャレにならない。
 さらにべつの日では、タマネギを刻んでいて、タマネギが手からするりと逃げそうになりあわててつかんだところに包丁が入り、左手の薬指の腹を切ってしまった。まったく情けない。自業自得である。
 とまあ、何でもつかみそこねてよく落とすようになった。
 物をつかみそこねるだけではない。本のページがなかなかめくれなくてイライラすることもある。とくに辞書のような薄い紙が困る。毎朝の新聞もそうである。夜のうちに身体から水分が蒸発して、朝はとくに乾いているからだろう。
 でも、指を舐めてめくるのは品がない。あれはやりたくないが、いつも新聞の端っこでハエが手をするように格闘している姿も、品がいいとはいえないだろう。
 「脂ぎったオッサン」という形容があるが、残念ながら僕の場合はそういうイメージではない(と思う)。しかしよく考えてみると、脂気もないということは老人ということか……。(;_;)
(photo:こういうものもひっくり返すと大変だ)