竹田城で登山

 いつどこで目にしたのか忘れてしまっていた。それが、映画『あなたへ』を観たときに、記憶のその部分にパッと光が当たった。
 それは、雲海に浮かぶ孤島のような城の廃墟。かつて見たのは、じつにふしぎな、絵のような写真だった。そこは兵庫県朝来市竹田に残る山城、竹田城の城跡だった。
 あの写真は竹田城を有名にし、500年以上まえに完璧にデザインされた山城は、「日本のマチュピチュ」、あるいは「天空の城」などと呼ばれるようになった。
 けっしてミーハーではないと自分を弁護しつつも、映画がきっかけとなってスイッチが入ったのはたしかだった。どうしても見たくなった。
 紅葉の季節まで待てなくなり、ヒマなうちに(ずっとヒマかもしれないが)訪ねてみることにした。
 JR姫路駅で播但線に乗り換えた。播但線は、姫路駅と山陰本線和田山駅をむすぶ、ローカルな単線である。
 姫路から北上して寺前というところで電化が終わり、一両編成の気動車に乗り換える。
 山間部を走るのんびりしたディーゼル車は、いよいよ日本の鉄道の面目躍如である。“鉄ちゃん” でなくとも心が躍る。
 竹田駅で下りて、雰囲気のある古い駅舎をくぐった。すぐに旧街道に出る。線路と平行するように走る旧街道に沿って町ができている。
 ときおりクルマが行き来するが、人の気配もなくいたって静かだ。というより、平日だからかもしれないが、めったに人の姿を見ない。
 大丈夫なのだろうか。と思いながらぶらぶら通りを歩くと、廃屋もちらほら目に入る。
 荷物を宿にあずけて、城までのルートをきく。歩いて登るなら、駅裏からのコースが早くて便利だといわれる。多少急坂だ、ということわり付きだったが。
 ところがそこはまさしく登山道で、標高差約250mを一気にかけ上がるのだった。ここへきて登山をしようとは思わなかった。だいいち足もとが、ふつうのウォーキングシューズである。
 しかし、城跡はまさに「日本のマチュピチュ」。いや、マチュピチュへは行ったことがないのでそういう形容はやめよう。
 すばらしい、の一語につきた。歴史の重みと人の営みが層になって、その場にやってきた人の心に入りこみ想像をかき立てる。
 かつて栄華を誇った遺跡や廃墟の持つふしぎな魔力。天守の石垣の上にたたずみながら、夢想する。
 初秋の風は、急登で汗をかき火照った身体に心地よく、しばらく呆然と立ちつくしていた。(^^)
(photo:雲海の竹田城。および、城跡にて)