「大丈夫」の心理

 爽やかな香りが鼻腔をかすめると、妙齢の女性が、僕のわきを急ぎ足で追い抜いていった。とそのとき、妙齢の女性は「あっ」と小さく叫んで前のめりになった。
 僕は思わず「大丈夫ですか?」といって、その妙齢の女性に駆け寄った。
 ――というシチュエーションなど、めったにないことはわかっている。女性は妙齢でなくてもいいんだが、じつは、「大丈夫」ということばの使いかたを例示したかったのである。
 最近ちまたでは、この「大丈夫」がいろいろなシーンでハバを利かせているようだ。それがちょっと気になっているのである。
 昼飯を食べに入った。「喫煙席しか空いていないんですが、大丈夫ですか?」。
 クリーニングを出しに行った。「3日ほどかかりますが、大丈夫ですか?」
 コンビニでおつりをもらった。「千円札ばかりになりますが、大丈夫ですか?」
 営業電話がかかってきた。「今、お時間大丈夫ですか?」
 僕はこう答える。「はい、お話ししていただいてもらって大丈夫ですよ〜」
 なんだかわけがわからなくなってくるが、まあこんな具合である。
 つまり、OKかどうか、差しつかえないかどうかを確認しているわけである。べつに日本語としてはまちがいじゃない。
 でも、「いいですか?」あるいは「よろしいでしょうか?」からどうしてこっちに変化してきたのだろうか。
 おそらく、相手を気づかうようなニュアンスをふくんでいるようないい方になる(と思われている)ので、過剰な接客用語として多用されてきているのではないだろうか。
 「お時間いいですか?」と聞かれれば、「なに? 今忙しいよ!」という怒りのターンになる可能性はある。
 しかし、「お時間大丈夫ですか?」でこられると、「えっ? 何?」、となんだか気勢をそがれて、うっかり応じてしまいそうになる可能性がある。
 そういう相手の心理を読んだ戦略として導入しているのなら、なかなかしたたかである。でも、どうしても腑に落ちないものが残るのである。
 要するに、こちらがたいしたことをしているわけでもないのに、大丈夫か、といわれても、気づかってもらうほど困っていないんですがねぇ。……というところだろうか。(-。-;)
(photo:ライラック。札幌にて)