忘却の迷宮

 傘などはワリとどこにでも忘れたりしないタチだったのだが、最近はどうも怪しくなってきた。
 中国では、入った飲食店に、脱いだ上着や帽子を置いて出ていきそうになったことがあった。おつりをもらわず出て行ったこともあった。
 最近では、物をどこに片付けたかわからなくなり、さがしまわったあげく徒労に終わる、ということが多くなったような気もする。
 たとえば、カメラの交換レンズ、ファイルしたはずの資料、携帯電話の充電器、爪切り……。
 あるいは、さっきまで持っていた物をちょっとどこかに置いたために、それがわからなくなってさがしまわることもある。
 たとえば、車のキー、携帯電話、ねじ回し……。イライラして怒りの拳をふりあげても、自分の頭に落とすほかはない。
 でも、ささいなうっかりは多々あるが、幸い大事にいたったことはないのである。といいたいところだが、こんなこともあった。
 3年前、ネパールに行った帰り、早朝に到着した関空から電車で帰途についた。新大阪駅まで移動して、そこで北陸に向かう特急電車に乗り換えるためにホームで待っていた。荷物は、車輪の付いた鞄と、貴重品などが入ったデイパックだった。
 電車が来て重い鞄を持ち上げて乗り込み、ドアが閉まったその瞬間、デイパックをベンチに忘れてきたことに気がついた。中には、パスポート、カメラ、現金、SDカード、予備の腕時計、手帳などが入っていた。止めろ! と叫んだが無視された。
 すぐさま車内の車掌をさがした。なぜ止めてくれなかったのか抗議したい気持ちだったが、穏やかに事情を説明して、新大阪駅に連絡をしてもらった。
 次の京都駅で降りて、とって引き返し、新大阪駅のしかるべき部署へ急行したが、誰も知らない、という返事だった。
 机をひっくり返してやりたい気持ちだったが、適当な机もなかったので、念のため電車に乗ったホームに行ってみた。
 座っていたベンチには、見覚えのあるデイパックが放置されていた。約2時間さみしい思いをさせたデイパックを抱きしめたのはいうまでもない。
 忘れ物といえば、息子を球場に忘れて帰りそうになった、ミスタープロ野球氏の大物ぶりが思い浮かぶ。しかし小物(僕のことですが)は、今日も、見あたらなくなった鼻毛カッターをさがしたりするのである。(^^ゞ
(photo:能登、門前黒島にて)