万寿塔逍遙

 泉州のなかに石獅市という町がある。
 中国語のピンイン読みで表記すると「shi shi shi」である。日本語で書けば「ししし」ということになる。地元の人の発音は少し訛りがあって、「すすす」に聞こえる。
 だから僕が四声に気をつけて、正しい中国語に聞こえるように慎重に発音しても通じない。むしろふつうに、すすす、といったほうが通じるのだ。
 そんなことはどうでもいいのだった。
 石獅市は、泉州湾の南側を形づくるように海に突き出た半島である。市の中心部は内陸のほうだが、長い海岸線には、古くからの漁港が点在している。
 昔、海のシルクロードとして栄えた泉州の港に出入りする船のために、ここ石獅には石造りの、灯台のような高い塔が2つ残っている。
 ひとつは蚶江鎮の海岸の高台に建つ「六勝塔」(2011.3.4の記事参照)である。もうひとつは、やや内陸の宝蓋鎮という行政区の、宝蓋山の山頂に建つ「万寿塔」である。この2つは対をなしていると考えられ、今回「万寿塔」へは行っておきたかった。
 石獅の中心部までは、泉州から、例の弾丸バスで約1時間の距離だ。よろよろになってバスを降り、また次の路線バスをさがす。
 ところが、こんな貴重な、しかもたいへん目立つ歴史的な文化遺産にもかかわらず、地元の方々は意外にその存在を知らないのである。知らないはずはないと思うから、きっとあまり興味がないのだろう。
 おそらく、ひととおり豊かな生活を手に入れたあとで、ところであれはどこへいった? などと思い出すのにちがいない。そのときはもうおそい可能性もあるのだが。
 よく知らないバスの車掌に指示されて降りたところは、何にもない原野だった。というのはウソだが、僕にはそのように感じられた。確かに遠くに見える山のてっぺんには塔がある。しかし、ここから歩け、ということかい?
 奇跡のように通りかかったタクシーに乗り込み、塔の麓まで駒を進めた。しかし、やはり最後は自分の足で登らなければならなかった。
 たどり着いた万寿塔は、ほんとうに三角錐の山の頂にあり、周囲360度の展望は思いのままだった。
(photo:万寿塔。ここからは歩いて20分だった)