テレビの始まりと終わり

 NHKワールドというチャンネルをいつも見ていた。ときどき中国国営放送のCCTVも見ていた。
 ひとりで生活しているとついついテレビをつけてしまう。生まれ育ったところの方言でいえば、「あいそむない」というところだろうか。つまり、「愛想がない」という意味である。
 方言というより、訛っただけかもしれない。しかし、本来の「愛想がない」の意味するところとはちょっとちがうようだ。「さみしい」の意味にかなり近い。
 ひとり暮らしをしていると、いつのまにかテレビが友だちになってしまう。真剣に見ているわけではないが、まあ結局は、あいそむないからテレビをつけてしまう。
 「テレビをともす」とついいってしまうことがある。動詞が「とぼす」になったりもする。こうなると方言かもしれない。グループ1の動詞になる。はは……。
 日本は、一部の地方を除いて、今日からテレビがデジタル放送になった。原発と同じで、僕たちが頼んでそうしてもらったわけではない。きっと誰かが便利になって、何かの都合がよくなったのだろう。決して視聴者ではない。
 つい最近まで、うちにはテレビが5台あった。家族がたくさんいた、という理由もあるが、いくらなんでも5台は多すぎた。僕自身、とくべつテレビが好きなわけでもなかったし、どうして5台にもなったのか今となってはよくわからない。
 でも、うちにはまだ親や子どもが同居しているのでテレビをやめるわけにはいかず、去年2台を地デジ対応の薄型テレビに買い換えた。で、残り3台だが、これはもう廃棄にしようと思っている。すでに2台はリサイクル料金を払って手放してしまった。
 じつをいうと、テレビにはもうあまり興味がない。(^^)
(photo:キヌガサソウ。栂池にて)