悲しい旅立ち

 今度の震災によって、歴史的文化財の被害も少なくなかったそうである。
 東京の九段会館も大きく損傷し、ちょうど卒業式をしていた学校の学生や関係者に、死者まで出る惨事となったようだ。
 4、5年前だったろうか、所用で東京へ行ったときに、その近くにどんな用事があったのか忘れてしまったが、ちょうど九段会館の前を通りかかった。時間に余裕があったせいか、かつての帝冠様式の外観に惹かれるように、建物のなかに入ってしまった。
 昼どきだったので館内のレストランで昼食をとり、その歴史を感じさせる空間のなかで、しばらくのんびり時をすごした。
 叔父が挙式したのは、確かここだったはず。と、ぼんやりとした記憶をたどりながら、ふと叔父が結婚したころの、自分の周辺雑事のことを思い出したりしていた。
 その叔父が、昨夜亡くなった。70歳を目前にしての死は、日本人の平均寿命からすれば、ずいぶんと早いし、さぞ無念だったことだろう。
 僕の家は農家で大家族だった。確か叔父は、僕が小学校中学年ぐらいのときまで家にいた。家業で忙しい父母にかわってよく遊んでくれた。
 とりわけうれしかったのは、大学生の叔父がアルバイトで得た収入で、毎月僕に漫画雑誌を買ってきてくれたことである。
 その当時は、月刊の少年漫画雑誌が全盛のころで、出版各社は本誌のみならず付録の豪華さでも競いあっていた。
 今になって思えば、ほとんどの付録と呼ばれるものは、紙を利用したチャチで他愛のないものばかりだったような気がする。しかし、その付録をはさんだ分厚い雑誌を手にしたときの興奮と幸福感は、今でも忘れることができない。
 会社を定年退職してからの叔父は、無所属の自由な時間を存分に楽しむはずだったが、まもなく病に倒れ、晩年は病魔がつきまとう日々を送った。
 叔父は、僕の父とは兄弟だが、体育会系の父とは多少性格がちがうような気が、ずっとしていた。ところが、父が亡くなってからはとくに、叔父に父の面影を見るようになったから、不思議なものだ。
 また大事な人を失ってしまった。……そっと手を合わせる。(合掌)
(photo:馬甲鎮、仙公山にて)