塔に思いを……
六勝塔という、石で造られた五重塔がある。
その塔は、1336年、海を行き来する船の安全をまもる目印として建てられたそうである。しかし、今では役目を終え、海を見下ろす岬で静かに余生をおくっている、という。
何だかロマンが漂う話しではないか。と思って、行ってみることにした。そのへんはじつに尻が軽い。
泉州の中心部から南へ、およそ30kmぐらい離れたところに石獅市という町がある。泉州も洗練された都会ではないが、石獅はさらに田舎町の様相である。
そこのバスターミナルからさらに、海岸沿いの町に向けておんぼろバスに乗り込む。耐久時間はおよそ20分が限度、というようなバスで40分、終点は殺風景な港湾施設の入り口であった。
ひと気のないところに放り出されて途方に暮れたが、ふと周囲を見渡すと、遠くのほうに、このあたりの風景とは不釣り合いな石塔が目に入った。
町の喧噪と人の多さとはうって変わって、おそらく岬につづく、人の気配がしない道をゆっくり歩いた。
巨大な塔があらわれた。よくもまあこんなところに、と思うくらい、ぽつんと佇んでいる。塔の外面を装飾するレリーフは風化がひどく、潮風にさらされた歳月をおしえてくれる。
塔の裏手にまわり、海の見えるところまで歩いた。どこまでもつづく碧い海を期待したが、眼下にあらわれたのは、巨大なコンテナ基地だった。
さすが中国である。なかなか期待どおりにことは運ばない。こんなところで写真を撮って、行ったり来たりしていては危ないかもしれない。
そそくさと、もと来た道を引き返した。
塔にはカップルのお客さんが来ていた。なるほど、デートコースにはいいかもしれない。などと妙な納得をしてみたが、無機質な港湾施設との対比が、悠久の情緒を消し飛ばしてしまう。
ほこりっぽいバス停で、いつ来るとも知れないバスを待った。今日は、祥芝港という古い漁港まで足を伸ばすつもりだが、石獅までもどるとまったく遠回りになる。
どうしたものかと思いなやんでいると、遠くからくたびれたバスのエンジン音が聞こえてきた。(*_*)
(photo:六勝塔)