あなた考

 あなたとはちがうんです。といい放ち、気色ばんで辞めていった総理がいた。若い記者に向かって、ずいぶん大人げない人ではあった。
 あのひとことで、件の総理は歴史に名をとどめた……かもしれない。「あなた」のせいである。
 その二人称は使われなくなって久しい。今ではなかなか聞けなくなった。夫を、あなたなんて呼んでいる妻はもう日本では少数民族だろう。
 学生にこの二人称をおしえないわけにはいかないので、限定的使用として提示する。ときどき、なぜか? と聞かれる。
 理由を答えると、ずいぶんふしぎそうな顔をされる。無理もない。中国語ではふつうに使うからだ。英語だってそうである。でも日本語は、どうして使わなくなってしまったのだろうか。
 いったい二人称はどうなっているのか? あまりにも影が薄いのではないか?
 たとえば、「あんた」や「きみ」はときどき聞く。あなた、より抵抗感が少ないかもしれない。
 「おまえ」はどうか。これは親疎の状況によってはOKだろう。でも、やはり聞いていてあまり好ましくはない。
 しかし、あなた、だけはほんとうに使われなくなってしまった。
 いずれにしても、日本人は、相手から二人称で呼ばれることを好まない。とくに妻以外から、あなた、なんて呼ばれたひにゃ、なんだと〜、とこっちが気色ばみたくなる。まあそこまで反応しなくてもいいが、あまり気持ちよくないことは確かだ。
 どうも日本人には、面と向かった相手を二人称で呼ぶのは失礼だ、という意識がひろがってきているのではないだろうか。
 それはなぜか。相手と話すときに、目をじっと見ない文化とも関係しているのかもしれない。つまり、相手と真っ向対峙することを避けるのである。
 しかしときどき、相手が目の前にいないときに「あなた」は使われる。公の場で個人に向かって呼びかけるときなどである。たとえば、国会の答弁や弔辞などで聞かれる。
 あなただけちがうんです、F田さん。(*_*)
(photo:見ればわかりますね)