日常の穴

 ホテルのフロント嬢は、ニコリともせず「没有(メイヨー)」といった。またメイヨー(ないよ)かい、と思いながらもう一度聞いた。部屋は空いているか? と。
 たいていはあるんだよね。高い部屋が。380元? ほらきた。あるじゃない。ほかをあたるつもりがなかったからOKした。どうせこっちの語学力じゃ太刀打ちできない。
 平日にホテルに泊まった。寮の下水管がつまって水があふれ出したのである。2階の階段から下は水浸しである。入り口の鉄扉から先、道路まで流れている。もちろん汚水。夏なら悪臭がただようところだ。
 たちまち寮の水回りは使用禁止となった。ここが山や無人島なら、心がまえもできているからがまんもしよう。しかし、発展途上とはいえ文明国の都会である。そこらへんで立ちションするわけにはいかないのである。
 トイレは学校でだと? 学校まで歩いて3分。走って1分。でも夜中の緊急事態にはとうてい対応できない。だいいち夜中は校門も閉まっている。そうなると……やめておこう、品性を損なうような話しに行ってしまいそうだ。
 突然のホテル泊まり。明日が休みなら、多少なりともウキウキしようというもの。しかし明日は授業。
 チェックインして夜の街へ出かける。あてがあるわけでも、用事があるわけでもない。腹ごしらえをするだけだ。
 ときどき入る麺の店をのぞく。おかみが暇そうにしていた。目が合ったので座ってしまった。シイタケと鶏肉入りのラーメンを頼んだ。いまだかつてこの町でおいしい麺に出会ったことがない。ここもそうだ。麺はやはり日本がいちばんうまい。と、思っている。
 具の多さに胸がつかえてきた。一日の疲れと同時に、いいようのない虚無感におそわれた。日常をはなれて突然ホテルに泊まるということが、いつもとはちがう気持ちのざわつきを誘ったのだろうか。
 店を出ると一瞬方向を見失った。そして、乱れた気持ちをどう処理していいのかわからないままホテルに向かって歩きはじめた。(^_^;)
(photo:ホテルからの夜景)