酒と涙と頭痛と山

 7時すぎにドアをノックされた。僕はベッドのなかから声にならない声を出した。
 一瞬ここがどこだったか忘れていた。半身を起こすと、頭がズキンズキンした。吐き気さえする。やばい。昨夜の、あの赤い酒が怪しい。
 そっとベッドから抜けだそうとした。クラクラする。頭痛と吐き気とたたかいながら服を着替える。少し今の状況が理解できた。
 僕は先週、S市の西北100kmぐらいのところに位置するD県を訪ねていた。D県は、中国でも有数の陶磁器の産地である。はるか昔は、今「海のシルクロード」と呼ばれる交易路を利用して、ここで作られた陶器がヨーロッパにまで運ばれていた。
 そんな歴史ある窯業の地が以前から気になっていた。
 で、いきさつはごっそり省くが、僕はD県出身の学生4人と、金曜日の夕方のバスに乗った。今回も老師(先生)の権威がものをいったのである。
 ところが、これが大誤算だったのである。
 あの晩、バスが到着すると、学生のひとりYの父親Lさんが待ちかまえていた。あいさつもそこそこに、さっそく近くの食堂で宴会となった。Lさんの友だちやYの母親もやってきての、飲めや歌えや(歌わなかったが)になってしまった。そしてふるまわれた赤い酒。米で作った地酒だといっていた。
 あのときはおいしかった。しかし、その代償は大きかった。
 お開きになり、ホテルはどこ? ときくと、うちだ、といわれた。そして、7時のノックである。もう少し寝かせてよ。
 準備して外に出ると、すでにLさんと学生たちが待っていた。もうひとりの学生Qの叔父さんも、ワゴン車を用意して待っていた。いやな予感がした。
 「先生、今日はまず山へ行きます」
 Yが元気よくいった。僕は倒れそうになった。山が好きだ、なんて授業でいうんじゃなかった。
 そうして、艱難辛苦の一日がはじまった。でも、その日は多少つらかったけれども、うれしい “大誤算” だったわけだが……。
 夕方別れぎわに、Lさんに引きとめられた。雑貨店を営むLさんは、店の奥にいったん消えると、スーパー袋になにやら包んで持ってきた。そして、ニヤリと笑って僕に渡してくれた。
 あの赤い酒だった。(^_^;
(photo:土を細かく砕く。原始的な工程)