女子のちから

 この日本語学校は、教育の現場をすべて日本人教師が取り仕切っている。校長はもちろん中国人だが、中国人教師はあくまで日本人のサポートである。
 したがって、教務関係のほとんどを日本人が担っている。役職は3人だが、じつはすべて女性なのである。この学校は女性でもっている、といってもいいくらいだ。
 彼女たちは、教師としての実力もさることながら、この学校でのキャリアも長いので、学校を取り巻くあらゆる事情を熟知している。
 僕などは、アマチュアあがりでやってきたから、ずいぶん怪しげで頼りなく思われているだろう。だから、ときどきミスをして、やんわりとしかられたりする。当然甘受している。
 まあつまり、まだプロとしての自覚が足りないのだろう。僕よりはるかに年上の方もおられるので、弱音もはくわけにいかない。渋々甘受している。
 しかし、女性の腰の落ち着けかたというか、腹のすわりかたというべきか、それはやはり男よりきっぱりしているような気がする。
 男は面子やプライドなど、あまり役に立たないものを、いつまでもかかえている傾向がある。つまり、捨てられないものをたくさん持っている。僕も、読んでしまった本でもなかなか捨てられない。……ちょっとちがいますね。
 考えてみると、女性が結婚するということは、多くの場合他家へ裸一貫乗りこんで行く、ということだ。そしてやがて、自分がそこの中心にどっかと腰をすえる。そんなこと、やはり男はかなわない。おそらく決定的なDNAの差なのだろう。
 この学校の学生も女子がほとんどだ。男は概しておとなしい。物量作戦で女に押されている、という事情は少し同情できるが、まったく分が悪い。
 男の教師も、圧倒的な女子学生パワーに押されている。おっさん教師は甘くみられているのだろう。からかわれているのかもしれない。まあしかたがない……甘受している。(^o^)
(photo:中国人は犬が好き。猫はあまり人気がない)