撮影心得

 このブログでは、僕は駄文といっしょに写真も載せている。
 バカ話しだけでは、“ご祝儀相場” をすぎると誰も見てくれなくなるだろう、という危惧があったので、それならオマケで気をひこうという魂胆ではじめた。
 写真は好きなのでとくべつ苦にならないが、なかなか自分で納得のいく写真が撮れない。端的にいえばヘタなのだが、それでも僕の写真人生(おおげさか)においては、2つのことが金科玉条となっている。
 就職して数年後、会社では3年ほど先輩のYさんからとつぜん、ある野外イベントの撮影会にさそわれた。Yさんは大学で写真を専攻し、いうなればその道の専門家だった。
 Yさんとは社内でも部署がちがい、ときどき立ち話しをする程度の仲だったので距離感もはかれず、気おくれもあり、そのさそいを断ってしまった。理由を天候のせいにした。予報では、明日は雨だったからだ。実際、雨のなかで撮影する気にはならなかった。
 Yさんは哀れむように僕を見て、「雨の日は雨の写真が撮れるよ」といって立ち去っていった。
 その1〜2年後だっただろうか、今度は雑誌に載っていた一枚の写真に釘づけとなった。それは、エベレストを初めて無酸素で、まさに登頂しようというシーンだった。
 写真は、頂上へつづく雪原をはっていく、ペーター・ハーベラーの後ろ姿をとらえたものだった。装備は今のような高性能、コンパクトではなかったので、ブカブカな羽毛服で息もたえだえになりながらはうハーベラーの姿は、状況説明がなければぶざまに映ったかもしれない。
 そして、そんな死の地帯でカメラをかまえてシャッターを押した、パートナーのラインホルト・メスナーには驚嘆した。
 Yさんのことばにも、メスナーの写真にも、目からウロコがぼろぼろ落ちた。よく落ちるウロコである。
 しかし、日本では僕もときどき山へいくが、雨が降ればさっさとカメラをしまい、疲れてくればカメラの重さを呪うような体たらく。まったくだらしがない。
 でも “金科玉条” は忘れたことがない。つまり、熱意はあるが努力はしないってやつ……最悪じゃのう。う〜む。(__;)
(photo:昼下がりの街)