日語難嗎(第二次)

 日本語は、はっきりしたルーツがわからず、世界のどの言語グループにも属していない。モンゴル語トルコ語ハンガリー語などと同じウラル・アルタイ語族にふくめる学説もあるが、大勢ではない。
 言語というのは、その民族が長い時間をかけてみがきあげ、築いてきた文化そのものだから、他文化に育った者にとっては、やはりどの言語であっても習得はむずかしいと思う。
 しかし、たとえば英語とドイツ語、フランス語とイタリア語などは、それぞれ同じ語派に属するため、比較的身につけやすい。さらにいえば、英語とフランス語だって遠からずの親戚である。
 だから、英語母語話者がドイツ語やフランス語ができるといっても、へえ〜そう、ぐらいのおどろきでいいのかもしれない。しかし、彼らが日本語ができるとなれば、ちょっと目をまるくしてもいい。
 で、日本語はむずかしいかどうかの話しである。
 じつは、日本語の動詞は3つのグループに分けられる。そのうちのひとグループは、活用が特殊な動詞(「する」と「くる」の2つだけ)なので、実質2グループである。そのグループ分けが理解できれば、グループごとに活用の規則性があるため、ある程度機械的にマスターできる。
 形容詞もそうである。2つのグループに大別できる。
 そして、5つの母音であるが、これがまた世界の言語のなかでは少ないほうとされる。分類によって変わるが、中国語は37種、英語は30種とされる。
 う〜む、はっきりいって日本語はあながち習得がむずかしい言語でもなさそうである。
 外国人が流ちょうに日本語を話すと、ことさら感心してみせる日本人は少なくない。その背景には、ひとつには、日本は島国で、歴史的に諸外国のひとびととの交流が希薄であったこと。また、かつてのナショナリズム教育の残滓が、いまだに日本社会のなかに息づいているためではなかろうか。
 しかし、中国の学生に、母音が少ないからかんたんだろ? といってみたところで、事はかんたんではない。彼らは、中国語の発音にはない濁音や促音、撥音などに苦心惨憺とする。
 ここS市は閩南語が共通語である。普通話(中国の標準語)を少しかじった程度の僕などは、さっぱりわからない。もっとも、普通話を使ってくれても、なまりがあるうえに早口だからおなじことだが。
 かように、他言語というのはやっぱりむずかしい。(^_^;
(photo:つどい、歌う、休日の朝)