毎日の食べること

 きのう今日と、多少は涼しい。お〜っ、32〜3度で涼しく思うようになるとは。
 ひとり暮らしなので、毎度まいどの食事がめんどうくさくなる。いきおい、外食にたよってしまうわけだが、どうしてもパターン化してしまう。
 まちには、庶民が利用する、たいていは家族経営の小さな食堂がたくさんある。食べ歩くのも楽しいものだが、これもたいていはクーラーがなく(あってもめったにつけない)、汗という調味料をときどきふりかけながら食べることになる。
 けっきょく暑さのせいもあるのか、食べ歩き行脚もめんどうくさくなってくる。
 男って、一般化してはいけないかもしれないが、そういうことに対する好奇心というか、どん欲さにかんしてはまったく女にはかなわない。新奇なものへの嗅覚、さらには生き延びる力のようなものが決定的にちがうのではないだろうか。
 それはさておき。そんな小さな食堂での料理だが、これが安くて量が多く油こってりなのである。たとえば、ときどき野菜が欠乏して、まちゆく女性がみんなお婆さんに見えはじめると(医学的根拠はありません)、「炒青菜」などたのむ。すると、炒めた青菜が皿にてんこ盛りで出てくる。しかも、どの店も菜っ葉は切ってないのである。どうです。豪快でしょ? これがのどにひっかかるのです。歯にもかかる。
 そんなだから、ひとりで2品も3品もたいらげることができない。あれもこれも少しづつ食べたい“幕の内弁当派”の僕にとっては、とても都合がわるい。しかも、僕はベジタリアンではないが、意外と肉料理が多いのである。でも、中国はやはり食である。ちゃんとはかり売りの総菜屋もあるのである。こちらも肉の入った料理が多いが。
 僕は、ここへ来るまでは毎日家族の晩ごはんをつくっていた。だから、料理をすることに抵抗はないのだが、学校指定の宿舎には炊事設備がない。電磁調理器が一台あるだけだ。
 同僚の先生のなかには、それでも工夫して自炊している方もおられるが、僕は今のところ野菜不足とたたかおうと思っている。
 今日はお婆さんをあまり見なかった。(-_-)
(photo:宿舎のベランダ廊下からの風景)