ミッション・インポッシブル

 むかし『刑事コロンボ』というシリーズもののテレビドラマがあった。これまでの刑事ものの型をやぶるドラマ構成で、一時はかなりの人気だったような記憶がある。
 ドラマの冒頭でいきなり、クライマックスのように事件の犯人とその手口が描かれるので、これでドラマが成りたつのかと当初は心配したものだ。しかし、物語のみどころは、コロンボ警部が犯人を追いつめるそのプロセスにあった。
 僕は、日本語学校の卒業式に出席しながら、なぜかこの刑事ドラマを思い出していた。
 そう。のっけから卒業式なのである。式典というよりも、どこか自然体の、学生も教師も歌い踊り泣き笑う、クライマックスにふさわしいエネルギーがあふれていた。そんなセレモニーだった。
 僕は反省した。あわてて刑事ドラマのことを脳裏から消去した。キラキラ輝く中国の若者たちの前では、あまりにも不謹慎だろう。
 ここ中国大陸南東沿岸部、亜熱帯気候に支配されたS市での僕の仕事は、日本語教師である。これからクライマックスに向かって走り出す。たぶんきびしいミッションである。
 しかし、そのミッションのなかにこそ真実がある。などと、したり顔でいうつもりはないが、ものごとは見えない裏にこそ……おっと、またしたり顔だ。
 日本の政令指定都市規模の人口をかかえるこのまちも、近代化が進んでいる。とはいえ、歴史のあるこのまちは、一歩裏通りに入るとむかしながらの路地がつづいている。そこにはまだ、近代化とはほど遠い生活をいとなむ人々も多く暮らしている。
 「最小不幸社会」。どこかの首相がいったことばだ。
 中国の若者に日本語をおしえる。ということが、そんな社会を実現するためにどこかでつながっていくのだろうか。(^^ゞ