利尻山不戦敗
深田久弥の『日本百名山』を紐解くと、いちばん最初に紹介されている栄誉ある山が「利尻山」である。ただし、百山のなかでは最も北に位置しているのでそうなっただけだと思われ、ナンバーワンというランク付けではない。
じつは、山好き以外にはさほど知名度が高い山ではない。しかし、別名「利尻富士」ときけばその名と姿はどこかで見たことがある人も多いだろう。
利尻山は標高1721m。「百名山」の高さでいえば、富士山(3776m)はおろか、北アルプスの槍ヶ岳(3180m)、立山(3015m)などには遠くおよばない。
しかし、山は標高ではない。この利尻山、じつのところ攻略するにはかなり難易度が高いのである。
たとえば、富士山を富士宮ルートから往復するとしよう。五合目の登山口はすでに標高2400mだから、頂上との差は1377m、片道5kmの行程である。
槍ヶ岳はどうか。上高地から出発すると標高差1680m、片道19km。立山は室堂(2450m)から登頂すると、標高差565m、片道3kmである。
そして利尻山は、登山口から標高差1500m、片道6kmだ。
な〜んだ、槍ヶ岳にくらべればたいしたことないじゃん、と思うかもしれない。
しかし、だ。利尻山は「日帰り」しかできないのである。つまり、登頂後1500mをそのまま下り、6kmを再び歩くのである。
それでも、下りは楽だしたいしたことないじゃん、と思うかもしれないが、それはちがう。
槍ヶ岳を日帰りする人は、超人をのぞいて、いない。その日のうちに頂上まで到達する猛者も、一部だけだ。たいていは、ルート途上の山小屋に一泊する。
加えて、利尻山の、一日のうちにプラス1500mマイナス1500mという負荷は、体力的にはそうとうなダメージである。
とくに、問題は下りである。登りで体力を消耗したところに、下りでは体重+ザックの重さの7倍の重量が膝にかかるからたまらない。
若くて柔軟な膝ならば耐えられるが、オイルが切れて老朽化した膝にとっては、無謀な反復耐久テストのようなものである。
このように、自分の現在の実力よりハードルが高い山を目指す場合、それ相当なレベルの山でテストする必要がある。
たとえば、白山(2702m)を別当出合から日帰りすれば、だいたい利尻山相当の負荷となる。
地元の山なので若いときには何度かやったが、やはり下りで膝が笑った。今では日帰りなど、まったく無謀の範疇である。
じつは今夏、突発的な腰痛に悩まされた。腰を酷使した記憶はないので原因はわからないが、こちらも老朽化してきたのだろう。
さらには、焼岳に行ったあと、右足のすねの外側を本棚に激しく打ち付けた。そこのところがいつまでも痛いのである。回復力もおとろえているらしい。
自分のそのような状態や客観的データを総合すれば、利尻山登頂は限りなく赤に近い黄色信号、といえたのだ。
勢い込んで利尻島までやってきたが、山を見上げて今回の登頂は静かに断念した。というか、天候も悪かったので不可抗力だったところもある。
事前にホテル宛に送った自分の登山靴やザックを、封も解かずにまた郵便局に持ち込んだときはちょっと悲しかったがーー。(;。;)
(photo:南浜湿原から利尻山)