「幸福の国」で幸福を手に入れた男

 ブータンのその彼から一通のメールが届いたのは、確か年明け早々だった。
 久しぶりの近況報告かと思っていたら、「新しい家で新しい家族と過ごしている」というような内容だった。そして、大きな集合住宅らしき建物と、部屋の写真が添付されていた。
 新しい家? 新しい家族? ……一瞬固まった僕の頭は、しばらくすると動き出したが、すぐさま「?」が大量に発生し理解不能状態に陥った。
 半世紀をゆうに越えて独身をつらぬいてきた彼の身に、いったい何が起こったというのか。まさか……。
 彼は新春から冗談を飛ばすタイプではない。どちらかというと、実直でいつも控えめである。しかし「まさか」と同時に、正直なところ一抹の不安もおぼえたので、急ぎ折り返しメールを送った。もしかしてアレなのか、と。
 まもなく今度は、とある女性とのツーショット写真が送られてきた。久しぶりに見る友人の傍らに寄り添うこの美女は、ブータン人?――。
 彼はといえば、かつて見たことがないような、安らぎに満ちた表情をしている。これはおそらく、「シアワセ」というエキスが全身を満たし、ついには外部に放出している状態なのであろう。
 それは動かぬ証拠であった。もう疑う余地はない。「まさか」は的中した。しかも「子ども」の近況も添えてあった。
 子ども? 小学生? 彼の口から子どもの話し? 彼が父親? マジかい? 全然似合わない。
 しかしそれは、僕の意識が彼の変化についていっていないせいだろう。つまり、妻は再婚。まあそうだろうな、と少し納得。
 それにしても二人のトシの差は、ほとんど犯罪である。ブータンはいいなぁ。……いや、そんなこと、我が連れ合いにはいえない。
 思えば、彼も数奇な人生である。教養人でありながらけっして世渡り上手とはいえず、ひとたびは辛酸をなめてきた。
 仕事の傍らネパールに深くかかわり、彼の地に知己を得たことは、結局は彼の人生を大きく変えた。
 その信頼できる、ネパールの友人の引きでブータンに赴く。そこは巷間うわさ通り、「幸福の国」だったのだろう。
 彼は照れながら、おおげさなことはしたくなかったのだけど、国の習慣もあり一応けじめとして結婚式をすることになった、と知らせてきた。そして、できれば出席してくれないか、とも。
 是非もない。そんな用事ならよろこんで……。
 ずいぶん前に人生を折り返し、ついには「幸福の国」で、はからずも幸福を手に入れた友人が腰を落ちつけることになった、ブータンという国。
 僕の気持ちは、尽きない興味でいささか前のめり状態になっていた――。(^-^)
(photo:パロ国際空港にて。首都ティンプーへの途上にて)