困った悩み

 社会人になってまもなく、T君といっしょに初めてやった。
 といっても、べつにカミングアウトしているわけではない。山のはなしである。
 戸隠山に登った。あの日はたしか雨に降られて、うっとうしい山行を強いられた。

 先日、ひさしぶりにその戸隠に行った。ちょうど梅雨入りしたところらしく、高原の空気もさすがにもったりしていて、峨峨たる戸隠連峰もかすんで見えた。
 でも今回は山に登るわけではない。

 さわやかな風を期待してやってきたが、かなりむし暑い。
 奥社への参道入口付近の駐車場はどこも満杯だった。やむなく路肩に車を停め、長時間運転でエコノミー症候群になりかかった足で、ふらふらと歩きはじめた。

 人の多い奥社への参道をさけ、隣接する戸隠森林植物園に入った。
 かつての可憐な姿からは想像もできない、成長したミズバショウの青々とした大きな葉が湿地を埋めつくしてる。
 ホトトギスの鳴き声が、ひときわ大きく森のなかにひびく。コゲラの姿やキビタキの声も。やはりここは野鳥の気配が濃厚だ。

 バードウォッチャーが行き交い、三脚をかついだカメラマンとすれちがう。今日は撮影機材をかついだ人が多いようだ。もちろん彼らのカメラには、一様に高価で重たそうな望遠レンズが装着されている。
 僕も数年前、鳥の写真が撮りたくなって、そのころはやりだした、望遠鏡にデジカメをとりつけた「デジスコ」をセットしてみた。
 しかし、人に自慢できる作品を手に入れることもなく、すばやく挫折して野鳥カメラマン人生を静かに終えた。

 写真を撮るのは好きだが、そこまでしてこだわる熱意がなかったようだ。重い三脚に双眼鏡。それらをかついで歩くより、軽装備で鳥の姿を追う。
 僕はそれで十分だった。そのことに気がついた。

 じつは、まもなく僕は中国へ行く。仕事なのでしばらく向こうで暮らす。
 身のまわりのものは先日少し送ったが、最後までいっしょに送ろうか迷ったものがあった。
 双眼鏡である。
 まさか税関で没収されることはないだろうが、びみょ〜なアイテムではある。

 バードウォッチングが、中国の大衆のあいだにレジャーや趣味として定着しているとは思えない。ましてや公安が目を光らせているお国柄。怪しまれるようなものを取りだす勇気は、僕にはない。

 そんな思いもあって、渡中前に、野鳥が飛び交う日本の濃厚な自然のなかを歩きたくなった。
 双眼鏡。じつはまだ悩む時間はある。(v_v)