ロードバイク求めて三千里(2)

 クルマを買いにいってすぐ乗って帰ってきた、なんていうシーンをアメリカ映画でときどき見たような気がする。
 日本ではそうもいかない。店頭の展示車を見て、「あっ、これください」などといって靴屋でシューズを買って履いて帰る、というようなわけにはいかない。
 自転車ならどうかーー。べつにややこしい手続きもなさそうだから、お金さえ払えばできそうだ。
 たしかにできるだろう。ママチャリや通勤通学自転車ならさほど問題ないだろう。しかし、ロードバイククロスバイクの場合は、体型や用途に合っていないと意味がない。
 自転車は人間が動力源だから、走ること自体が目的の場合、やはり運転しやすくてそれ用に設計された自転車がよかろう。
 そうなるとかんたんに、「あっ、それください」とはいかなくなるのである。そこで、自転車屋のオヤジ(あんちゃんの場合もあるが、総称として)の登場である。
 ぼくが知っている限りの自転車屋のオヤジは、総じてヘンクツである。昔から付き合いのある近所の自転車のオヤジ(トシなので今はほとんど修理専門)もそうである。
 何かのお祝いでもらった、量販の安価な自転車の修理を依頼したときは、こんなもん直せん! といわれ突き返された。
 実際直せなかったのかもしれないが、直す価値がなかったのかもしれないし、そもそもソレを自転車と認めなかったのだろう。腕のいい職人ゆえプライドがあり、逆に「自転車愛」を感じるのである。
 そう、キーワードは「自転車愛」なのだ。
 5年ほど前にクロスバイクを買ったときは、そのオヤジに紹介してもらった専門店に行った。ぼくの方もあまり知識がなかったのでいろいろ聞こうと思って行ったのだが、マニアックな常連の(ような)接客に忙しく、ある万人向けのメーカーのカタログを押しつけられてあしらわれた。
 今回のロードバイクのときも、近所に新しい専門店ができたので行ってみると、精悍な体型の若いあんちゃんに、「へ〜、ロードバイクが欲しいの? ふ〜ん」と上から目線で見下ろされ、ある海外の有名メーカーの高価なモデルを自慢げに紹介されあしらわれた。
 ぼくはどうも、スポーツ自転車に乗りそうもない顔をしているらしい。顔はこれしかないのでどうしようもないが、そこがヘンクツな自転車屋の勘にさわるのかもしれない。
 紆余曲折があって結局、話しのわかる自転車屋をみつけ新しいロードバイクを手に入れたわけだが、自転車は好きでもあの業界はどうも肌に合わない。
 「自転車愛」はひしひしと感じるが、シロウトの客の話しもちゃんと聞いてほしい。職人気質の方々が多いせいか、接客がうまいとはいえない。
 近年全国チェーンの量販店もあるが、そっちはそっちで少し物足りない感じがするので、自転車屋のヘンクツオヤジも貴重な存在かもしれない。(^_^;)
(photo:神戸のネコ)