老師は悩む

 中国語の発音に「反り舌音」という調音がある。音声学的にいえば、舌を歯茎硬口蓋もしくは硬口蓋あたりにくっつけるように反り上げて、摩擦音を出す調音法である。
 日本語にはない発音なので、日本人は練習しないとむずかしい。
 たとえば「老師」は先生の意味だが、ピンイン表記すると「laoshi」となって「shi(師)」が反り舌音になる。
 この「shi」は日本語で書けば「シ」になるが、日本語のようにそのまま発音すると中国語では「xi」という音になってしまう。
 そうすると「老師」ではなく「老西」になり、意味は「山西省の人をけなす蔑称」になってしまうので、相手が山西省人だったらただではすまない。
 自分の母語にない発音はむずかしく、僕たちなら英語の th, r, v, f などの発音に苦労する。和製英語はいくらか相手に通じても、微妙なところでは誤解をまねくこともある。
 「right」と「light」もなかなかやっかいだ。これは r と l というひとつの音素(音の最小単位)のちがいだけである。
 このような、1箇所だけ音素が異なる1組の語のことを「ミニマルペア」という。
 たとえば「外国」と「開国」。これもミニマルペアだが、中国人はこの区別が苦手である。どちらも「かいこく」となってしまう。
 最近はベトナム人と接することが多いが、彼らの苦手とする発音のひとつが「ツ」である。「5月」は「ごがちゅ」に、「親切」が「すぃんせちゅ」になる。ときどき「シ」も「スィ」になる。
 紅茶を淹れるので家人に「ティーバックを持ってきて」というと、汚いものでも見るように「そんなもの持っていない」といわれた。
 正しくは「teabag」。「T-back」ではない。
 ミニマルペアではないが、和製英語でも発音には気をつけなければいけない。(-。-;)
(photo:シロツメクサ。庭にて)